ロールプレイにおける多様性の尊重

(考察をする内容なので、「だ・である」文体になりますことをご了承ください)

先日、ツイッターで「私はPKを含む、他人が嫌がる行為は一切しない」と書いた方と、「PKはUOのルール上認められているのだからしてもかまわない」というお二人の会話に参加した記憶がある(お二人ともフォロワーだったので)。

私の意見は「PKも盗みもロールプレイ(以下RPと表記)としてやったらいい。ただし(UO内で)嫌われ者になるけどね」というものだった。

 

まず「RPとは何なのか」を知っておきたい。


精選版 日本国語大辞典の解説
ロール‐プレーイング
〘名〙 (role playing) 実際的な場面を想定してさまざまな役割を演じさせて問題点やその解決法を考えさせる学習法。元来は心理療法の一つだが、学校での体験学習や社員教育での接客訓練などに応用。「役割演技」とも訳す。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 


…と書いてある。

「役割演技」とは簡潔でいい表現だと思うが、要するに「現実世界では決してなることが出来ないキャラクターになりきる」ということなのだろう。

PKとか盗みというのは、UOが出来た時から存在するものであり、決して「ハラスメント行為」ではない。フェルッカでPKされたからと言ってGMコールをするのはお門違いであるし、「フェルッカとはそういう行為が認められているファセットです」ってことになっておしまいだろう。

PKや盗みをされるのがイヤなプレイヤーが多くなって来たからトランメルが出来たんだし、トランメル誕生以前からのプレイヤーが「トラメラー(メラー)」という蔑称をつけていたのは確かだ。

私がUOを始めた1999年ごろは、詐欺が非常に多かった。

当時はまだ修理ディードがなく街頭で辻立ちした生産者に修理依頼をすることが当然だったので、自分の貴重な装備を預けたままドロンと消えられた…ということもしばしばあった。いわゆる「修理詐欺」である。

詐欺行為はルール上認められたものではないと思うが、取り締まってジェイルに放り込まれる、なんてことはなかったように思う。

私の解釈では「MMOなんだから、安心して修理依頼が出来る、詐欺をしない生産者と友達になっておきなさい」ということなんだろうと理解している。頻繁にログインしていれば、鍛冶場でいつも修理している生産者ってのはわかるし、その人の言動をチェックしていれば信頼するに足る人なのかってのも大体わかってくる。

そういう一見面倒な行為も楽しむのがUOなのだろう。

私自身は北斗の旧ヘイブン鍛冶場で毎夜辻立ちしており、また「ヘイブン生産者組合」という生産者組織(ギルドではない)に加入していたこともあり、沢山のプレイヤーの装備を修理・強化させてもらえたし、作成もさせてもらった。今でも当時のことを覚えているプレイヤーから感謝の言葉をいただけることもある。

修理詐欺だけではなく、家の取引詐欺とか、エセリアル動物の偽物を掴まされたりとか、トランメルでも多種多様の詐欺が横行していた。

詐欺に遭うのは本当に悔しいことだが、現実ではないんだし「所詮ゲーム内でのこと」と割り切れるかどうかが重要になる。

私が大好きな言葉に「こんなげーむにまじになっちゃってどうするの」ってのがある。たけしの挑戦状のいちフレーズだが、この言葉はゲーマーなら肝に銘じておきたい名言である。

PKされようが詐欺られようが、所詮はゲーム内でのこと。UOが「こんなげーむ」だとは思わないが、この言葉を思い出すと気が楽になるのは確かだ。

ソシャゲで何百万円つぎ込む前にこの言葉を思い出していただきたい(関係ないか)。


ところで、現代日本でRPを貫くのは非常に難しい。

相互監視社会というか、自警団まがいの人が跳梁跋扈していて、少しでも変わったこと(その人が気に食わない行為)をすると、「ウザい」「痛い」「晒してやる」「叩いてやる」というような、集団イジメが展開される。

発信者(投稿者)は匿名という隠れ蓑で保護されながら、一人の個人を追い詰めて行くさまには恐怖(と哀れみ)を禁じ得ない。

MMOにおいて「出る杭が打たれる」ようになると、プレイヤーが萎縮してしまって自由闊達なプレイが出来なくなり、「とにかく目立たないように」「当たり障りのないように」「空気を読んで」プレイすることになり、面白さは激減してしまう。

そこにいるのは教科書通りの、礼儀正しくエチケットを守り、ひたすら紳士・淑女でしかないキャラクターである。もちろん、そういうキャラクターも必要なのだが、そればかりになると本当につまらない。

ネット自警団まがいの人たちは、MMO、ひいてはRPGという世界に向いてないタイプの人じゃないかな、と思う。


現代社会は「多様性の尊重」が叫ばれているが、ネットゲームの世界でも多様性の尊重は大変重要である。

UOも「みんな違ってみんないい」という世界になってもらいたいものである(元々そうだったのだけど)。


エンドレスジャーニーで復帰する方や、新規でUOを始めようとしてくださっている方がいるのだから、古参プレイヤーは寛恕の精神で迎えていただきたい。

UOの原点とは何か?

リチャード・ギャリオットは「ブリタニアの民よ、エンターテイナーであれ」と言った。

エンターテイナーとは目立ってナンボ、人と違うことをしてナンボ、個性を出してナンボの世界である。

 

最初のツイッターの会話に戻ると、優等生プレイをするのも、極悪人プレイをするのもエンターテイナーである。詐欺師すらもエンターテイナーである。PKもエンターテイナー、PKKもエンターテイナーである。

気に食わないキャラクターをネットで叩いているのは決してエンターテイナーでないし、それではMMOは楽しめない。

 

人と違うことをするのが歓迎される世界、それが本来のUOなのだ。